妻の母親とペットの猫

父の日の後しばらくして、彼女の父親の誕生日があった。
妻は父の日あたりから「お父さん来た?」とか「お母さんお見舞いに来たでしょ?」などとあるはずもないことをずっと言い続けていた。父親の誕生日あたりに「お母さんからずっと(メールでの)連絡がない」と言いつつ心配がピークに達したようで、ついに妻は実家に電話をかけた。なんとこの7年で初めての出来事だ。私も話の成り行きを見守ろうと受話器の近くに耳を寄せていたのだが、電話に出たのは男性の声。妻の母親とは別居しているはずの妻の父だった。

妻は父親だとわかってから、心なしか話ぶりにシャープさが少し加わったようだった。お義父さんが耳が少し遠いのか聞き取りにくそうにしていたからなのか、それとも父親を前にして少し気持ちが引き締まったり、昔の関係性が蘇って来たからなのか。なぜ少しシャープな感じになったのか、その辺りはわからない。

しばらく妻は父親が元気にしているかとか、自分は今ぬりえなどをしているなどと喋っていたが、そのうち「お母さんは?」と尋ねた。

すると、予想もしなかった答えが返って来た。

「お母さんは死んだよ。癌で。もう1年になるよ。」
「猫も死んだよ。病気で。」

妻はもちろん母親の死に驚いていたようだったが、猫が死んだということにもっと驚いていたようだった。少し動転しながらも、妻は「猫は死んでないでしょ?」とか、「私には子供がいて、何々さんという人がお父さんで、子供を連れていったから今はもう会えない」みたいなことを父親に話して(もちろんそのようなことはない)、なんだか意味不明になって来て、父親の方も「子供がいるのか?会えないなんておかしいだろう?その何々さんというのはどこにいるんだ?」などとしつこくその部分に食い下がっていた。妻も何やらかにやら訳のわからない返答をしていた。

なんだか話がおかしくなって来たので、その辺りで私が代わって電話に出た。
そして妻には子供はいないこと、何々さんというのは私も聞いたことがある名前で妻が20代の時勤めていた会社の上司の名前であること、妻はまだ現実と妄想の区別があまりついてないことなどを伝えた。

もしかしたら、妻の父が孫を欲しがっていると妻が考え、ありもしないことを口走ったのか。真意は判りかねるが。

妻の父親には、伝えなくてはならないことがもう一つあった。それは、私が実家に妻を連れて引っ越して来る少し前に私が妻の父親に言ったことについてだ。

妻は2010年の夏に退院した後、薬の副作用で癲癇のような発作が何度か起きて、その後徘徊や爆笑、独り言などが一段とひどくなったのだが、ちょうどその頃に彼女の父親が当時私が妻と住んでいた家に来て、何が何でも妻に会おうとしていた。私は“今の状態を見られたら確実に入院させられる”と思い、家に入れないでいたのだが、そうすると今度は警察官数人を引き連れて、警官がベランダから突入しようとして来た。私はベランダから突入しようとする警官をなんとか止め、玄関で「入れろ!」「娘に合わせろ!」と叫ぶ父親になんとか静かになって帰ってもらおうと「あんたの娘はあんたのことがキライなんだよ!あんた一体(娘に)何したんだよ?!」と言ったのだ。

当時、妻がやっとの事で病院から逃げるように脱出して来たことを知っていたので、私も必死だったのだ。今となってはひどいことを言ったと思うし、あれから7年、私に「あんた娘に何をしたんだ?!」と言われ、娘に嫌われているなどと嘘の情報を聞かされて、さぞかし妻の父親は落胆して過ごしたのではないかと私もずっと気になっていた。
それで、妻の父に本当は妻はお父さんのことが大好きであること、毎年お父さんの誕生日もお母さんの誕生日も、弟の誕生日も猫のペットの誕生日まで、ここにいないのに欠かさずお祝いしているということを伝えた。

そうしたら、「君の気持ちはわかった」というふうに言われた。

電話を切った後、妻はまた調子が悪くなってしまい、妻の弟の奥さんの名前を言いながら「死ねー!死ねー!」などと叫んだり、「遺産をあの人に渡しちゃダメー!」などと言っていたが、また数日して調子は戻って来た。

その後、弟からもメールで「猫は死んだよ」と知らされ、またしても妄想の世界に行ってしまったが、最近では「○○の声した?」(○○は飼っていた猫の名前)とか、「○○ちゃんの声したよ」と頻繁に言うようになった。「こないだお母さん来たよ。ジージャンで。お見舞い。」などとも言ったりする。

私も、死んでしまった猫やお母さんも妻のことが心配で、魂だけこちらに来たりすることもあるかと思ったりして、「そうか、○○遊びに来たか」などと話を合わせている。

そういえば1年ほど前にも同じようなことがあった。妻が「お母さんきた?」「お母さん来たでしょ?」とよく言っていたのだ。私は「いや、お母さんにはここの住所知らせてないから来てないよ」と答えていたのだが、あの時も妻の母親が本当に来ていたのかもしれない。
最近妻は2通も父親に暑中見舞いを送り、封筒でお守りも送った。もちろん私が郵便局まで行って送ったのだが、電話で父親に「散歩するといいよ」と言われたようで、「お父さんが散歩したらいいよと言ったよ」と妻がよく言っている。近々、散歩が日課になるかもしれない。

亡くなった妻の母についてだが、私はよく妻と一緒に妻の実家に遊びに行き、そこで待っていた母親と一緒に花火を見たり、食事に行ったり、ドライブに行ったり、一緒に猫と遊んだりした。洋服を買ってもらったこともある。猫好きで楽しいことが大好きな人だった。

妻の病気が再発してからは、妻の父親と母親からなる「入院推進派」と私だけ(いや、妻本人もだが)の「入院反対派」に分かれてしまい、「このバカ息子」だの何だの散々ひどいことも言われた。だが、どちらも妻のことを心から想ってのことで、双方良かれと思ってやったことなので、ぶつかってしまったにもかかわらず、何もわだかまりはないどころか、妻を産み、育て、一生懸命になって妻の健康を考え、先々の心配をしていたことに対して感謝の念以外ない。

これからも、亡くなった妻の母親、それから今も生きていて妻の心配をしている父親に対してもちゃんと申し訳が立つよう、しっかりとやって行きたいと思う。

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コメント

  1. うみ より:

    以前うみだったか、みうだったかの名前でコメントしたものです。ブログはたまに拝見しています。今回の内容は、ショッキングな内容でしたね。。私の60代の母も暴言があり80代後半の両親と縁を切り、私も以来祖父母とは疎遠になっているため、今回の話はひとごととは思えませんでした。母にも弟がいますし、、今回のことを奥さまがどう受け取るか、、。
    間に入るのは、大変なことですよね。
    本当によくやっていらっしゃると思います。
    ところで私は最近、9年一緒だった同居中の彼にふられてしまい、ひとりになり、愛とはなにかを考えている日々です。彼は愛情が消えたと自由を求めて私を離れて行きましたが、愛とは消えるものではなく、本人の心持ちだと私には思えます。愛情が消えたと言うのはあまりに簡単で哀しいことだと思います。長く連れ添い、これからもなにがあっても一生一緒だと思い込んでいた私にはとてもショックな出来事でしたが、世の中にはいろいろな考えがあるものだと考えさせられました。血が繋がらない相手とは簡単に切れてしまうものなのか。血が繋がっていれば愛はあるのかなど、、
    schizoさんは本当にすごいと思っており、愛について考えさせられています。全く個人的なことでしたが、書かせていただきました。すみません。これからも陰ながら応援しています。

  2. schizo より:

    うみさん
    コメントありがとうございます。以前にもコメントいただいたこと、覚えています。その時は確かみうさんでしたね。暴言はあるものの、ものすごく素直に生きておられるお母様でしたね。9年も一緒に暮らした彼がうみさんの元を去っていったということで、悲しく辛い経験をされましたね。私は彼本人ではないのでどういう気持ちで去って行かれたのか、わかりませんが、それでもこれまでうみさんが彼と過ごして来られた9年間の素晴らしさ、思い出、その価値は消えるものではないと思います。愛情とは消えるものなのか、血の繋がりの有無で左右されるのか。私にもわかりません。でも愛情は与えるものだと思うので、愛情を感じたなら精一杯愛情を注げば良いと思います。たくさんの愛情を注げる対象があるということは素晴らしいことですよね。うみさんの人生に今後もたくさんの愛情が溢れるよう願っています。

  3. うみ より:

    大変あたたかいお言葉をありがとうございます! 元気が出ました。
    愛情は与えるもの、本当にそうですよね。私もずっとそう思っています。私もめげずにこれからも愛情を与えられる人でありたいと思います。
    こちらのブログを読んでいるのは、そのことを感じるから、なのかもしれません。schizoさんのお姿から色々愛について考えさせられるのです。深いです。
    ジオノの絵本に、木を植えた男、という話がありますが、いい話です。晴れの日も雨の日もありますが、時間をかけたものが、日常の重なりが、なにかかけがえのないものになるということを信じたくなる話です。
    勇気をいただき、ありがとうございます!
    これからもブログ拝見します。

  4. 梅子 より:

    虫の知らせだったのかもしれませんね
    統合失調症の方は感性というか直感というか第六感的なものが鋭い方が結構いる印象です(妄想・幻聴の類いだと言われたらそれまでですが)
    少しずつお父さんとの関係が変わっていけるといいですね
    そろそろドラクエ11が届いた頃でしょうか?
    ニコニコプレイされてる奥様の姿が目に浮かぶようです

  5. けんぼー より:

    奥様のお母様、亡くなられていたんですね。心中お察し致します。ただ、お義父さんとのわだかまりが、ある程度解消できてよかったように思います。
    ところで、今回の記事とは関係ないことで質問ですが、このブログの紹介文(青い文字)にあります、「向精神薬の副作用がひどく出てしまい」ですが、どんなものだったのでしょうか?私も妻に心療内科からの処方薬を飲ませているのですが、私が与える薬を純粋に信頼して飲んでいる妻を見ていて、本当にこれでいいのだろうか?と常々思っています。もしよろしければ副作用について教えてください。

  6. schizo より:

    梅子さん
    コメントありがとうございます。虫の知らせってよく聞きますよね。私も定かではありませんし、妻が「お母さんが来た」と言っていた時も(そんなはずない)ぐらいにしか思ってなくてまさか虫の知らせや実はお義母さんは亡くなっていたとは知らず、きちんと取り合っていなかったのですが、妻にしてみれば本当に母親が枕元に立ったのかもしれません。やはり親子ですから、お義母さんも娘のことを案じながら、亡くなられたと思うのです。この疾患がある家族と暮らしていくということは、在宅であれ入院であれ、大変なことには間違いありません。ですが、顔向けできないような事態にならないよう、精一杯こちらもやっていきたいと思っているところです。ドラクエ11は発売日に届きました。妻は予約特典の「しあわせのベスト」を着てゲームしていますが、なんとまだ始まりの村の中をウロウロしています。出れないようです。楽しみつつも苦労しながら進めていくのだと思います。私は城下町まで到達していますが、そこで妻が追いついてくるのを待っています。

  7. schizo より:

    けんぼーさん
    コメントありがとうございます。妻の「向精神薬に対する副作用」というのは「悪性症候群」とその悪性症候群を止めるための薬(当時はダントリウムを使っていました)に対する癲癇のような副作用です。以下、Yahoo!ヘルスケアからの一部抜粋です:
    悪性症候群は、突然に高熱を発して筋肉が硬直し、意識障害を起こすこともある、時に生命の危機にさらされる抗精神病薬の副作用です。熱は40℃以上に達し、解熱薬が効きません。体全体をこわばらせ、発汗がひどく、意識障害のために口から栄養が摂れなくなります。腎臓や肝臓の障害を引き起こすこともあります。
    妻は入院中に上記状態に至り、私も主治医から連絡を受けましたが、その時に向精神薬の投薬をストップしたものの、退院後に改めて向精神薬のエビリファイと悪性症候群を防ぐためのダントリウムを処方され服用していた結果、ダントリウムの副作用である癲癇が複数回発生し、泡を吹きながら白目をむいて床や地面で硬直しながら激しく痙攣するという恐ろしい状態になりました。それ以来、妻自身も薬を怖がっていますし、私自身も薬で死ぬよりは他の方法でできるだけ楽しく過ごさせてやりたいと考え、今の主治医(と医療機関)と相談の上、支持的精神療法と精神栄養学の知見に基づく療養生活を続けている次第です。

  8. schizo より:

    うみさん
    いつもいつも私自身「まだまだだなあ」と思いつつ反省の毎日なのですが、うみさんの元気が出たようで良かったです。ジオノの絵本「木を植えた男」、知りませんでした。読んで見ます。絵本だったら妻も読めそうなのでうちに一冊置いておいてもいいかもですね。

  9. けんぼー より:

    早速のご返信ありがとうございます。読ませて頂きますと、副作用の症状はschizoさんのブログの初期の頃に書かれていたものですね。私のぶしつけな質問で苦しかった時期を思いださせてしまったと思います。申し訳ありません。

  10. Raven より:

    schizoさん、はじめまして。こちらのブログを最近見つけまして拝見しています。私の妻も統合失調症です。入院歴もありますが、今は自宅で療養中です。
    妻は妻なりに。私は私なりに闘ってます。闘ってるのは私達だけでないと、こちらのブログで気付きがありました。励みになります。ありがとうございます。応援してます。

  11. schizo より:

    Ravenさん
    はじめまして。コメントありがとうございました。
    奥様が同じご病気とのこと。ご本人とご主人にしかわからない苦労や苦悩があると思います。私の妻もそうですが、やっぱり側からいかに荒唐無稽な闘いをしているように見えても、やはり本人は大真面目に戦っているんですよね。実際に蕎麦で支える側もかなり大変ではありますが、本人が戦い続けている以上、できる限りは支えられるところまで頑張りたいと思っています。Ravenさんも大変でしょうが頑張ってください。いつか奥さんの闘いがハッピーエンドを迎えることを願っています。